‘未分類’ カテゴリーのアーカイブ

これってどうなの?司法消極主義

2015/06/09

違憲審査制のあり方をめぐって、裁判所が立法機関である国会が下した決定を最大限に尊重して、違憲性があることが明確でない限りは審査を行わないという考え方のことを、司法消極主義とよんでいます。
これは、国会は選挙によって選ばれた国民の代表者からなる組織であるため、選挙で選ばれたわけではない裁判官は抑制的であるべきだという考え方や、憲法が司法・立法・行政という三権分立を定めている以上は、司法だけが突出すべきではないという考え方などが根底となっています。
いっぽう、司法積極主義とよばれるものもあり、これは文字通り、憲法を守るという趣旨からは、むしろ裁判所が積極的に独自の憲法論を打ち出したほうがよいとする、対極的な考え方のことです。
わが国の場合、裁判所に違憲審査制による権限が認められているとはいっても、それは訴訟によって具体的な事件について憲法への適合性が争われている場合についてのみ行使できるものとされています。
そのため、訴訟においても裁判所は合憲・違憲というところまで踏み込まずに、その前段で憲法判断そのものを回避したりする場合があることから、どちらかといえば消極主義のほうに傾いているのではないかとみられています。

これってどうなの?統治行為論

2015/06/09

あまり馴染の無い言葉ですが、統治行為論とはどのようなものでしょうか。これは裁判所が持つ法令、憲法に基づいて審査し判断する権利を持ってしても、国家機関における行為のうち、条約の締結や衆議院の解散の決定といった国家統治に関わる極めて高度な政治性を有する行為については、司法審査の対象とすることができないという理論です。簡単に言えば、政治の問題を法律でどうにかするのは問題解決となるかの判断が付かないので、例え裁判によって有効か無効かを決定づけることが可能な問題だとしても政治家の判断に任せるということです。しかしこれは裁判所の判断が憲法に違反するのではないかといった批判を受けた際の言い逃れの口実ではないかと懸念される声もあります。実際、現憲法には統治行為を司法審査の対象外にするという明確な規定はなく、明らかに憲法を違反しているにもかかわらず統治行為を認めるというのは許されることではありません。もしこの理論がまかり通るのならば、政府や立法府の決断を例え法律違反の疑いがあれど無条件に認めることにつながるからです。憲法判断が求められる事件の多くに高度な政治問題が含まれている以上、最終決定において判断が困難な場合においてのみ用いるべき理論なのであって、最初から認めるべきではないのです。ソファーとテーブル

これってどうなの?立法の不作為

2015/06/09

立法の不作為というのは、憲法上、国が本来であれば法律を制定すべきところ、その義務を怠ったために、国民に損害を与えたことを指すことばです。
法律が憲法に違反しているかどうかは、憲法に定められた違憲審査制によって、裁判所が判断をすればよいことですが、この制度は基本的に具体的に法律や行政機関の命令、処分などが違憲かどうかが訴訟によって争われる場合に限って行使することができるという特徴があります。
そのため、もともと法律が制定されていないのであれば、せっかくの違憲審査制を使えなくなってしまうことから、新たに提唱された考え方ということができます。
この不作為の内容としては、法律がまったくないことのほかに、法律の内容が不十分であることも含まれていますが、具体的に裁判で問題となったケースとしては、在外邦人選挙権制限違憲訴訟がよく知られています。
これは、平成10年の公職選挙法改正によって、衆議院・参議院の比例代表選挙については、外国にいる日本人にも投票する道が開かれたものの、法律の不備によって、衆議院小選挙区選挙と参議院選挙区選挙について投票ができないのは不公平だとして争われた裁判です。
平成17年の最高裁判所の判決では、原告による違法確認の訴えそのものは却下したもの、不作為により国民が選挙権を行使できないのは違憲だとした上で、国に国家賠償法にもとづく賠償を命じています。

司法裁判所型違憲審査制を考える

2015/06/09

違憲審査制とは、法律や処分などが国家の最高法規である憲法に合致しているかどうかを審査する制度のことで、世界的に見ると、大きくは憲法裁判所型、司法裁判所型という2つの系譜に分かれています。
憲法裁判所違憲審査制は、司法機関も含めて、国家の他のあらゆる機関から独立した憲法裁判所を置いて、ここで違憲審査の権限を行使するというものです。このため、憲法判断は抽象的に、幅広い分野にわたって行われるため、いったん判決が出れば、その内容が他の国家機関を拘束するというかたちになります。ドイツ、イタリア、フランス、スペインなどの欧州大陸にある国々で主に採用されていることから、大陸型ともよばれることがあります。
いっぽう、司法裁判所型違憲審査制というのは、一般的な裁判も取り扱う司法機関が違憲審査制を行使するというものです。憲法判断はある特定の事件に限定して行われるという特徴があり、判決についても、基本的には対象となった事件に限って影響があるということになります。これはアメリカの連邦最高裁判所の違憲審査制が典型的なものとなっています。
わが国においても、日本国憲法下では三権分立の考え方が徹底されるとともに、違憲審査制についてはこの司法裁判所型が採用されています。こうした制度的な制約から、最高裁判所などが違憲の判決を下すことはほとんどなく、消極性が目立つとされています。ソファー

客観訴訟とは?

2015/06/09

客観訴訟は別名を客観的訴訟といい、離婚などの個人の問題ではなく政治や法律の改善によって国民の暮らしをより良くするための訴訟のことです。ちなみに離婚の訴訟など個人の問題に関する訴訟は主観訴訟といい誰でも起こすことができますが客観的訴訟は法律によって定められた特別な人しか起こすことができません。客観的訴訟は主観訴訟に比べて非常に少なく起こされるのは例外的な場合のみとされています。客観的訴訟は民衆訴訟と機関訴訟の2つに分けることができます。民衆訴訟は国や地方公共団体の法規に従っていない不当な行為に対して起こせる訴訟です。その国または地方公共団体への選挙権があることが裁判を起こす資格となっています。つまり選挙権をもっていれば被告の不当な行為によって不利益を被っていなくても訴訟を起こすことができます。原告の利益不利益と関係がないため客観的な訴訟で客観的訴訟と呼ばれるのです。民衆訴訟に関しては地方自治法や公職選挙法などといった法律によって定められています。機関訴訟は国または地方公共団体どうしで起こされる訴訟です。議会と長の間や大臣と知事の間で起こされます。機関訴訟は一般市民は起こすことができません。

審査対象は?

2015/06/09

違憲審査制とは、法令や処分などが憲法に照らして背馳していないかどうかを審査する制度のことで、日本国憲法の第81条において、そのことを規定しています。その憲法の条文のなかでは、違憲審査制の対象として、4つの種類のものが明文として掲げられています。
「法律」というのは、国会の議決を経て制定される国の決まりごとであり、「命令」というのは、これを受けて行政機関が制定をするものをいいます。「規則」というのは、最高裁判所や国会などの制定権限が認められている機関が、内部的な手続きや規律などについて定めたものです。「処分」というのは、行政機関などの一方的な意思によって法的な効果をもたらす行為のことをいい、通説では裁判所による判決もこのなかに含まれているとされています。
以上が憲法にある4つの種類ですが、そのほか、地方公共団体がその議会の議決を経て定める、その地域に通用する自主的な決まりごとである「条例」も、この違憲審査制の対象に含めるというのが一般的な考え方です。国家間の取り決めである「条約」については、憲法では触れられていませんし、そもそも憲法との間の優劣関係についても学説上の争いがあるため、その扱いははっきりとはしていません。ガーデニング04

違憲審査制と裁判所

2015/06/09

憲法は国家の基本法である、条令や法律、法令、処分などよりも上位にある最高規範とされています。違憲審査制は、法令やその他の処分が憲法に適合しているかを審査する制度です。この手続きを違憲審査と呼び、その権限が違憲審査権です。
違憲審査権には、抽象的審査制と付随的審査制があります。
抽象的審査制は、特別な機関(憲法裁判所)で、具体的な事案から離れて抽象的に違憲審査を行うタイプです。付随的審査制は、通常の裁判所が具体的な訴訟事件を裁判する際に必要な限度で違憲審査を行います。通説では、日本の違憲審査権は付随的審査制と言われています。
違憲審査権が及ばない分野は存在し、憲法の明文上の限界、国際法上の限界、自立権に関する行為や統治行為、自由裁量に関する行為など憲法解釈上の限界など、「司法権の限界」と呼ばれる分野には違憲審査権が及びません。
違憲審査権は、最高裁判所の権限の一つですが、下級裁判所も行使できます。これは、付随的審査制では違憲審査権は司法に含まれていると考えられること、憲法第81条の「終審裁判所」は違憲審査を前提としていること、裁判官には憲法尊重擁護義務があることから、下級裁判所も違憲審査権を行使できるとするのが通説になっています。

付随的違憲審査制と抽象的違憲審査制

2015/06/09

違憲審査権とは、法律や規則、処分等が憲法に適合しているかどうかを決定する権限のことです。憲法とは、その国の基板となる大切な法で、一切の法律や条約よりも上位に位置しています。その憲法に法律などが矛盾しないようにするための権限です。
さて、その違憲審査制ですが、大きく分けて付随的違憲審査制と抽象的違憲審査制の2つがあります。
日本の違憲審査権は前者の方の傾向であるとされています。これは具体的な訴訟事件を前提として、その解決に必要な限りにおいて違憲審査ができるシステムです。つまり、何か事件があった時に、通常の裁判所がそれを解決するための必要最低限な範囲で違憲審査を行うことが出来るというシステムです。ですので、逆に事件などが起こっていないのに違憲であると訴えても、棄却されるということになります。具体例を挙げると、「警察予備隊は軍隊だと考えられるので、その設置は憲法9条に反している」という訴えに対して、それ自体による事件は発生しておらず違憲審査に及ばなかったという事例がありました。
一方、後者の抽象的違憲審査制ですが、これは特別に設置された憲法裁判所が具体的な事件とは関係なく、抽象的に違憲審査を行なうシステムです。このシステムはドイツなどで採用されています。ガーデニング03

制度の歴史を探る

2015/05/21

違憲審査制の歴史は1803年のアメリカで、マーベリー対マディソン事件に対する最高裁判所長官マーシャルの意見が始まりとされています。
マーベリー対マディソン事件とは、選挙に大敗した与党が選挙から新しい大統領が就任するまでの空白の期間を利用して、影響力残存を試み、連邦裁判所判事を大量に任命したことに端を発します。この人事でマーベリーという人物がワシントンの判事の一人に推されましたが、政権の変動の混乱や時間の余裕がなかったこともあり、与党の国務長官が彼に辞令を交付することはできませんでした。そして新しい大統領が就任し、国務長官に任命されたマディソンは、マーベリーへの辞令交付を保留したのです。マーベリーはこの辞令交付の保留に対して、マディソン長官を相手方として、最高裁判所に訴えました。
この事件は以下の三つが争点になりました。

①マーベリーの任命は有効であるか。
② マーベリーに法的救済を求める権利はあるのか。
③最高裁判所は マーベリー救済のために職務執行令状を出すことができるのか。

結果、①と②は認められましたが、③は認められませんでした。その理由を最高裁判所長官であるマーシャルは、「マーベリーは辞令交付を要求する権利を有しているが、その訴えは1789 年に制定された裁判所法に従って提起されたものであり、その裁判所法が合衆国憲法に違反し、かつ無効であるので裁判所は救済のために職務執行令状を出すことはできない」といった説明をしました。つまりこの判決の結果、憲法が法律に優越し、かつ法的強制力を持つということを示す判例が生まれたのです。また憲法解釈における司法の役割も明確になったのです。